「どっちつかず」の人、「軽度障害者」は普通校に通っている、または普通校に通った経験のある人がほとんどです。一口に「軽度障害者」といっても、色んな障害の方や病気の方がおられます。そこで「軽度とはなんや」という話になったときに、二つのタイプがあるような気がします。
一つは見た目にわかりにくいけど機能的に障害がある、できにくいことがある、しんどいことがある人。例えば難聴の方とか、弱視の方とか、心臓が悪い方とか、自閉の方とかです。
もう一つは機能はべつに普通の人とあまりかわらないけど、見た目に違いがある人。ユニークフェイス(顔に傷やあざがある人)とか、軽度の脳性麻痺の人なんかもそうかもわかりません。脳性麻痺の人、指が欠損した人は機能以上に見た目のインパクトがあります。一口に軽度といっても、ニーズというか困るところが違うみたいなんですが、私は今回(自分がそうだということもあって)見た目ではわかりにくい人の話が中心になります。
私の場合は手帳のない、目の悪い人間です。「視覚障害」という言葉は役所が認めた「障害者」の分類の言葉ですから、手帳のない私は使わないようにしています。 私は遺伝性の白内障で、家族には目の悪い人間がたくさんいて、そのなかで「晴眼者」として育ちました。だから、学校時代に自分がまさか「障害者」だと思ったことは1回もないです。それでなぜここにいるかというと資格を採るために盲学校へいって鍼灸マッサージの勉強して、それで初めて盲界に足を踏み入れたんです。それまで小、中、高ともちろん普通校でした。
小学校の低学年のころは分厚い眼鏡かけていたんで見た目のことで色々いじめがあったり、差別されたりという経験がありました。コンタクトにしてからそれがなくなって、ホッとしました。特別配慮を求めた経験はなく、「障害」に関しては目立たないようにしてきました。
難聴の人
授業中、教師が口で教えることがよく聞き取れない。
同級生の発言もよく聞き取れない。霧のなかにいるような感じで教科書、参考書がたより。
体育等授業のように展開が読みにくい教科は、同級生の行動を見てああ次はこうするのかとまねをする。
対面で人と話をするときはいつも必死で教師の口元を見て、読唇を習ったわけではないけれど、こんなことしゃべったかなと勘をはたらかせる。
教師が板書しながら説明してるときは、口が見えないからアウトです。
日本人は顔をまともに見えるのが失礼だという感覚の人が多いのでしょうか。いつでも私がにらみつけるように口や顔を見ているので、誤解する教師がたくさんいました。「先生の顔いくら見ても答えは書いてありませんよ」とか、「何か先生に文句でもあるのですか」とかいわれてしまう。
ノートをとるのでも、普通の子は下を向いて書いてるけど私は教師の顔見て書くから、教壇から見たとききっと1人だけ顔あげているので異様に目立ったんでしょう。
授業中あてられて質問がきこえないので「質問もう1回いって下さい」というと「きいていなかったんだろう。立ってなさい」といわれ、見かねた同級生が「この子は耳が悪いから」と教師のいうと「なぜ最初からそれをいわなかったのか」と叱られました。担任教師には親からも難聴のこと必ず伝えていたのですが、担任以外の教師には情報が届いていなかったことがほとんどでした。
どうもこの繰り返しでとにかくカミングアウトしないと自分が損だと思うようになったみたいです。
(注:枠内は軽度障害メーリングリストからの引用。以下同様。)
私も見た目ではわかりませんし、親が特にいうってこともなかったです。親にとっては立派な「晴眼者」でしたから。いちいちいわなくていいと私もいいました。学校っていうのは集団で物事が決まっていきますから、教師の側は色んな人がいると思ってないんです。みんな標準、だいたい標準の体とうことで、行事とか学校のことは進んでいきます。試験もそうです。
例えば私の場合は、長文の英語の試験を全部読んで終わらせるというのがなかなか大変でした。できなかってもどんくさいだけということです。あるときは英文タイプの試験があったんです。原稿を見て何文字打てるか計算します。1文字間違えたら5点マイナスになります。原稿を見て、覚えて、こっち戻ってきて打って、また見に戻って…。打つ量は少ないのに間違いが多いから結局マイナス点がつきました。じっと打たずに、はじめから5分間じっとしてたら0点でしょう。努力したらマイナス点がついて「あほくさ」と思いました。言い訳はとおりませんから、最低の成績を頂戴しました。
次に、カミングアウトしていったとしたらどういう対応されるかということを話します。 障害者っていうのを一般の健常者の人はものすごく恐れる、こわいものと思うか、またはものすごく素晴しいって持ち上げるかどっちかのような感じがします。要するに障害者って健常者にとっては異人種なんでしょうね。
血友病の人
これまでの学校生活でうれしかったこと、悲しかったこと色々あります。そのなかで今回は一番悔しい思い出を話そうと思います。
それは「血友病だから」という理由で生徒会の選挙に立候補さえできなかったことです。高校に入って私は落ちこぼれになりました。そのころ体が不安定だったこともありますが、大部分は私にやる気がなかったからです。
そこで、学校生活の張り合いを求めて生徒会長に立候補しました。それまで小学校中学校と生徒会活動をやっていたので、細かくは違っていてもやっていく自信がありました。
数日後担任から「立候補を許可しない」と職員会議の結果を知らされました。私は納得がいかないので校長に直談判にいきました。私は必死に食い下がりましたが「職員会議でもう決まったことだから」という言葉を繰り返すばかりで全く話し合いになりませんでした。
色々と押し問答をやっていくうちに向こうの考えが少し見えてきました。向こうが繰り返したのは私の体力が持つかどうか不安であるということでした。
「君の体のことは養護教員からきいたが生徒会長は激務であり1年間やりぬくには大変である」というのです。そして遠回しに「この決定は君の体のためを思ってのことなんだから受け入れなさい」ということでした。
お節介ですね。やるって本人がいってるんですから。「何かあったらどうするんだ」は、よくきく言葉です。
上肢障害の人
なわとびを隠れて密かに練習してた理由は応援のせいです。その前は友達と校庭で一緒に練習し、遊びながら教わったのを覚えていますから。
ただ、いつもどこからか目ざとく先生が見つけてやってきて、周囲の生徒まで呼びかけて集めて、一緒に応援をはじめるのです。これがすごく変な気分だったんです。
応援されるほど、声が大きくなるほど、何といえばいいのか…。
当時は何が嫌だったのか、どういう気分だったのか、自分でははっきり説明の仕様がなかったと思うんだけど、泣きたいような笑いたいような鼻がツーンとしてくるような悔しいもどかしい気分っていえばいいのか…。
人権作文なんかがよく新聞に載ってますね。「山登りにいくのに視覚障害の人の手引きしました。○○さんは目が悪いのに、すごく明るくて素晴しいです」みたいな作文が特賞か何かに選ばれてました。書く子どもに罪はないと私は思うんです。書かせて選ぶ大人の方が問題だと思います。作文書くときってたいがい教師の目を見てますよ。特に上手な子は。それで私らからしたら「クサッー」と思う文章書くんです。そんなんが選ばれるんですね。で、特賞か何かになってる。やっぱり大人の目を映してるんだと思います。
学校は競争社会です。何かいうと「なんとか競争」といって学校は競争させますね。
私が小学校のときに、最初に家庭科で糸通し、玉止め、玉結びを習ったときに、糸通し競争とか玉止め競争とかがあったんです。「どういう意味があるの?」と思いますね。玉止めや玉結びを1分間で何回もやるような裁縫ってないですからね。「玉をいっぱい作れるんですよ」って就職が有利になるとか、そんなことないですね。玉止めって1回止めたらそれで終わりですから、変なことなんですけど、そんな競争させるんです。
私は針の穴肉眼で1回も通せません。で、何回できましたかって手をあげさせるんです。ものすごく情けない気分でした。
よし今度は負けるか、と玉止め、玉結びはムチャムチャがんばって、10何個作って自慢してやりました。でも、どっちも何の意味があるんでしょう。
競争社会では、勝者は1人しかできません、あとみんな負けるんですね。何が残るって、挫折感とか敗北感とか、あいつらよりましだとか、そういう気分だけが残るんじゃないかと思います。
脳性麻痺の人
小学校の体育の時間に、リレーでクラス内でチーム分けをするときのことです。クラスには脳性麻痺の僕と、もう1人足の遅い健常者がいました。クラスのほとんどは、僕たち2人をどのチームに入れるかで、お荷物扱いされるのが常でした。
そんなとき、「五体満足でただ、どんくさいやつと俺を一緒にするな」とよく思ったものです。
また、小学校3年生のころから柔道をやっていました。
普通の健常者なら中学の部活ではじめた者でも、ほとんどが中3になるころには昇段試験に合格して初段になるのですが、僕は高1までかかりました。
同じ初段でも、俺は3段くらいの値打ちは十分にあると、信じ込んでいました。これって上下はないと割り切れるんですか。僕の場合はこういう屁理屈でもつけて自分を奮い立たさなければ、自分を保つことができなかったというのが正直なところです。
脳性麻痺の人
私は障害手帳6級の脳性麻痺者です。普通学校にいき、社会で働いています。
障害は…今はともかく、昔はめちゃめちゃ無理すれば化けることもできるかなという感じだったので、まわりは障害者というよりは、「超どんくさい厄介者」という感じだったのではないかと思います。
親や、まわりの人は「あなたは軽いんだから」と、取り合ってはくれません。
しかし、私は小学校のころから常に障害を意識し気を抜かぬよう、まわりの人に蔑まされぬよう、自分も傷つかぬよう、がんばり続けて生きてきました。「障害は軽い」といわれてはきたけれど、とてもしんどかったんです。
そのしんどさは何か。障害はともかく、孤立感、制度のな、正直いってしんどさの正体はきちんとわかりません。ただ私が思うのは、小学校のころ、1人でいいからそのまま安心できる仲間がほしかったのです。私はとてもこわかったのです。どうやって生きていけばいいのか。まわりの人は私にとって宇宙人のようだったのです。
競争っていうのは、まわりの子は仲間ではないですね。敵ですね。だから孤立感や差別感が生まれます。障害者は「どんくさい人よりましだ」とか、「どんくさいのとは違うんだ」といいます。で、「どんくさい人」にしたら「障害者よりましだ」って。変だと思います。何でそういうことになるんでしょう。できないという事実に差はないのに。足が遅いなら、同じタイムなら同じだと私は思います。理由は関係ないでしょう。
私には晴眼者の妹がいます。私からしたら「何であんなもんが見えんねん」とおもうような、化け物のように目のよい彼女は英語がものすごい苦手なんです。長文なんかとんでもない。1ケタの点数もって帰ってきて「へへへ」といってます。私が「読む」のが遅いからと必死であれこれ工夫してとった点数よりも、妹の点数の方が悪いんです。文字を読むスピードはずっと早いはずなのに、単語を調べようともしません。「○○ってなんていうの?」ってすぐききます。「辞書引け」っていうんですけど、「めんどくさい」といって引かないんです。
文法が理解できない、単語が覚えられないというのは、「障害」とはいいませんよね。物覚えの悪いおまえはアホで、視力のせいで時間が足らなかったあの人はほんまは賢いいうことで許したる、なんて変ですよね。できない、しんどいということにかわりはないでしょう。
じゃあ、どこまでのレベルだったら許してあげて、どっからやったらダメって線を引けるのか、無理だと思うんですね。
四肢障害の人
体育は本当にダメだったんです。動くのは嫌いじゃない、むしろ体を動かしたい方なんですけど、体育教育の範囲内での動きというのが全然ダメなんです。同級生のみんなも体育のときは私をおいていったんですけれども。
小学校の体育に木登りなんていうのがあったら得意だったかもしれません。10歳位までは野山を駆け回ってましたから、ターザンごっことか好きでした。走るのは遅いけど、小回りがきくけっこうはしっこい子どもでした。
だからって、体育でポール登るのは得意じゃなかったんです。どういうんでしょうね。
どの競技も一応、満遍なくできないといけないという教育のあり方は障害者にとって「障害」なのかもしれません。
「Aさんは、この時期、体育の時間は山にいってなさい。Bさんはキックベース1時間やってなさい」なんていう体育だったら、楽しかったのにな…栗だのアケビだのどっさりとって教室に帰ってきたのにね。
中途障害の人
私はほんの4年前までは健常者でした。それもどんくさい健常者、底辺に這いつくばっている健常者だったんです。幼稚園の先生に「この子は異常です」っていわれたり、母から、「あんたは人よりとろいから人一倍がんばらなきゃダメでしょ」なんていわれて劣等感の塊でした。
そこには、「五体満足なのに何でできないの?」「やろうと思えば何でもできるでしょ」といった無言のプレッシャーがあって、すごくしんどかったです。
だから障害者になったとき、正直いって楽になった。きっと、こんなこというと反発くらうと思うけど、私の気持ちはそうだったんです。
こういうことってあると思いますね。言い訳を許してもらえない。私もさっきいったように、ずっと晴眼者として暮らしてきました。何か失敗してたら「何でできないの?」とか、「がんばったらできるでしょ」とかいわれます。最初は一生懸命やりますけど、がんばったらできるかどうかなっていうのは、だんだんわかってきますよね。何か他のみんなの「がんばる」レベルとは違うんじゃないか、と思いはじめます。
これは全く障害者とは関係ない人の話なんですけど、「ゼロには何をかけてもゼロだ」ということをいった人がいました。これ名言だと思います。がんばってもどうにもできそうもないことは、なんぼやってもできないんです。本人が一番よくわかります。
私は、バトミントンが大の苦手で、見えるんですけど、あたらない。見えたらあたるでしょ、といわれます。でも、私にしたら、「見える」と「あたる」は違うんです。毎回よく見て、ラケット振ってもそこに羽がないんです。それで、何回も特訓させられました。私にしたら練習したってあたりそうな気がしません。もうやめたいなって思うんですけど、そういう特別扱いをするには何か理由がいるらしいんです。
競争社会は、みんながんばって働いた者だけが飯を食えることになってます。みんなしんどいし、そんなことをしないで食わせてほしいと思っているんです。本当は競争なんかやめたいんですよ。でも働いてもらわないと困るという人が誰かいるんですね。だから、特別扱いに理由つけがいるんです。「障害者」と「健常者」みたいな区別ができたのはそのためだというのを最近本で読んで、なるほどって思いました。
「軽度障害者」は学校という社会で、世の中からどういう扱い受けるのかっていう経験して学習してきました。その人が社会にでて、どういうふうに自分をだしていくか、ださないでいくか、いうのはその人の経験にもよるし、場面にもよりますね。
言った方が得になるか、損になるか、言ったらあとがしんどいちゃうか、今日はやめとこうか、というのはその人の、そのときの損得勘定なり利益とコストを秤にかけてのぎりぎりの判断なんですね。だから、「隠すのは潔くない」とか、「堂々としていなさい」とかいわれたら倒れます。いちいち「実は私は視力はこれくらいで…」てなことをいってたらしんどいです。
「何ではっきりいわなかったんだ」なんてまわりの人はいいますけど、それは答えをだすまでには時間がかかるということもあるし、ずっと孤立をしてきた人にとっては、この相手はどうなんやろう、味方なんかなって、ものすごく不安なんですね。相手を見ているんです。
だから、「何で早くいわなかったんだ」ではなしに「いってくれてありがとう」というぐらいにきいといてもらえたらありがたいなって思います。