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軽度障害という問題

田垣正晋

たがき まさくに

1975年兵庫県生まれ。大阪府立大学社会福祉学部専任講師(シンポ当時は大学院生)。社会福祉士。

主な著書:
『カタログ現場心理学』(共著,金子書房,2001年)
『社会福祉原論』(共著,建ぱく社,2002年)

■まえおき

こうすれば障害を克服できるんだという話はここには一切ありません。こうすればよい、ああすればよいという特効薬は一切ありません。あくまでも、こういう問題がある、という整理をします。

私の障害は分娩麻痺と言います。指先の機能はほとんどなく、肩は上がりません。3級の手帳です。2級なら医療費ただですけど。普通の手を10とすると2ぐらいの機能しかありません。
生まれるときは巨大児で、4000gでした。生まれるときに右手がひっかかって、麻痺になりました。身の回りのことは左手でできます。人に手伝ってもらうのは99%ありません。残りの1%は、重い荷物を長時間は持てない、といったことです。網棚にものを上げるのは苦手。細かく見ればいろいろできないことがあるのかな、と思っています。

大学院で障害者関係の研究をやっています。高校の時はこのような研究をするとは思っていませんでした。
私の高校時代、つまり10年ぐらい前、というのは湾岸戦争の頃です。ソビエトがなくなった、東欧が変わったということで国際関係が話題だったので、そのような分野に行こうと思っていました。当時、社会福祉の学部には絶対行きたくありませんでした。手が不自由な自分が行くと、いかにも、自分が障害者だから行ったのだ、というふうに人からみられそうです。それが嫌だったからと思います。しかし入試の成績などで京都府立大文学部社会福祉学科に行きました。
高校までは、自分自身手が悪いにもかかわらず、車いすの人を見ると別世界の人を見るような感じをもっていました。通っていた高校の横にはろう学校がありましたが、「ろう」の意味すらわからず、どんな人が通っているのかは全然知りませんでした。手話を使っているところも見たことがあるが、当時は「手話」だという認識もなかったです。
気が進まないまま社会福祉学科に入りましたが、最初は介助、自立、所得の保障といったことにはリアリティを感じませんでした。大学2回生の夏休みにある本を読んで、障害者の内面的なことに関心を持つようになりました。その本には、障害者がいろいろな工夫をしながら、自分の障害がばれないようにしたり、いやな思いをしないようにしたりすることが書いてありました。また、人々が抱く、車いすの人や白杖をもった人に対する、気まずさ何とも言えない苦笑い、独特の緊張感が書いてあった。これを大学でやろうと思いました。

さて、大学院に入った時点では軽度のことはそれほど考えていなかったんですが、障害が軽いがゆえに感じることがいろいろあるのでは、と思うようになりました。ちょうどそのとき、軽度障害について「軽度障害者は境界人だ」という話をし、大きな反響がありました。それ以来本格的に考えるようになりました。勉強としては中途の重度肢体障害者のことをやっているんですが、そのような人たちと接するほど、「軽度」という自分の立場を考えるようになりました。

■軽度の基準

軽度の基準はありません。障害者手帳は医学的な基準で作られ、実生活を反映していないんです。例えば私は3級なので、法的には中度。でも、実感がないです。

障害者は、自分の都合のいい基準を自分なりに決めればよいと思っています。私は軽い、重いというとき、そこに何らかの主張があると思っています。「軽い」「重い」ということだけではなくて、「軽いがゆえに、何々」とか「重いが故に何々」というように。自分の主張にとってぴったりあう基準を作ればよいと思う。完璧で、普遍の基準を作ろうとは思います。ただし、社会調査みたいに、対象設定をせざるをえないときには、別です。

■境界人としての軽度障害者

健常者と何かしたい、でも脚が悪いから、スキーに行けない等々、健常者とは一緒にできないことがあります。でも、障害者と行こうというと、全員車いすの人で、自分とは話が合わなかったり、ある種の「拒否反応」があったりするんです。そういう意味で、軽度障害者は境界人です。

■カミングアウトのジレンマ

自分の障害について説明すること、どこでどうできないか伝えるのは、軽度の人にはシビアです。見かけ上、軽度はパッと見たら分からないことがあります。それでできないことを要求されることがあります。
机を運ぶとします。重い机はできません。ぼーっとしていると、「何でできないの!」と言われたりします。障害を説明すると、同情や好奇心とか嫌な反応が返るかもしれません。黙っていれば同情されることはありませんが、なんで手伝わないのかと思われます。不親切な奴、などネガティブな反応があり、別の意味の嫌な体験をすることになります。

■軽度障害メーリングリスト

2年前にメーリングリストを作りました。「軽度」の基準は決めていません。自分で軽度であることを説明すればOKです。ただし、登録はするが発言しない方はお断り、という厳しい条件をつけました。発言のない方には年一回の更新の時に、継続するかどうかを打診しています。

■社会福祉にできること

何ができるか私も分かりません。専門職だから何かできるというのは傲慢な考えだと思います。軽度障害は介護保険、成年後見、ケアマネという社会福祉の目玉商品には馴染みにくいです。今の社会福祉士が中心になって軽度の仕事をすることはないと思います。ただし、サポーター、脇役として当事者活動の環境整備はできるでしょう。「私は社会福祉士という専門職であり、当事者の立場を考えてがんばります」という姿勢は大事ではあっても、あくまでも脇役の立場です。

■今後の予定

来年またシンポをしたいです。もっと当事者の発言の機会を作りたいと思います。
それと、メーリングリストのオフ会で出たことなんですが、ホームページの開設。
若い人に情報提供したいと思います。自分が中高の時はこんなことは言えなかったし、大人、学校の先生が正しいと思っていた、けれど今となっては「それは違うだろう」、「あのときいっておけばよかった」と思う…そういうことはたくさんあります。今の中高生が同じことを繰り返さないで済むように、情報発信できないかな、と考えています。