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「ユニークフェイス」を立ち上げるまで

松本学

まつもと まなぶ

1972年、栃木県宇都宮市生まれ。京都大学大学院生
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主な著書:
松本学・石井政之・藤井輝明編著
『知っていますか?一問一答ユニークフェイス』
(共著,解放出版社,2001年)
石井政之・藤井輝明・松本学編著
『見つめられる顔 ユニークフェイスの体験』
(共著,高文研,2001年)

ウェブで読める文章:
松本学 1999
「容貌の自己受容〜口唇口蓋裂の場合」
(『現代文明学研究』第2号 088-106)

ユニークフェイスという言葉はまだ、ご存じない方がいらっしゃると思う。
私の顔を見て頂くのがわかりやすいと思いますが、正面から見ると私の場合見た目の違いが分かりにくい。むしろ太ってる……最近気にしてるんですけど(笑)。左を向くと分かりやすいんじゃないかと思う。左の頬から首のあたりにかけてちょっと腫れてるのではと思われるはずです。飛鳥の仏像って、正面から見るようにできてるんですが、その逆ですね。横から見ると腫れてるんじゃないか、病気じゃないかというのが分かります。

私が生まれたときは、4300gぐらいありました。からだも顔もぷくぷくとふくらんでいまして、ただ、特に左のほっぺたがとてもふくらんでいました。
両親が心配してあちこちの病院に連れて行かれたようなのですが、私は覚えていません。ほとんどの病院で「たいしたことはないから心配するな」と言われたようです。医者も当時は見た目の違いの問題にあまり関心を払わなかったんでしょうね。本当に門前払いをされたそうです。
ところが、すくすくと育っていって、幼稚園に入るころになると状況は一変しました。人からほっぺたをつねられたり、指を指されたりされるわけです。そういう不愉快なことをされて、ようやく自分がどうしていじめられているかということに気づく。実は僕は顔が他の友達とは違うからこうしていじめられているのかなあ、と漠然と気付くわけです。

この顔の腫れっていうのは、実は病名をリンパ管腫といいます。
この腫れのせいで、どういう状況が起こるのかなというと、機能的には、ただ腫れてるという状態でして、口がちょっと開かないということ、それから親不知を抜くとき杭をされる、とか、そのくらいです。
むしろ、機能的なことではなく、見た目が違うということのほうが僕にとってはしんどいことです。見た目が人と違うことによって、人とのやりとりがうまく行かない、ということです。たとえば、女性を前にすると相手が僕の「変な顔」を見ていると思う。きっとこの女性はこんな「変な顔をしたのはいやだろうな」と思ってしまう。それで、ホントに会話できませんでした。女性、それと初対面の人でも同じようになるんですが、いざそういう人と話をしようとすると、自分が何を言っているのかわからない状況になってしまう。そんな状態で小学校の高学年あたりからでしょうか、大学に入るまでずっと人見知りをしてきました。
で、大学に入って、僕はこれは、実際の体験では他の人に負けてしまうから、研究として、美しさ、醜さということを考えてやろうと思いました。そこで、最初は美術を勉強しようと思っていました。ところが、大学では、僕の最大の課題は今までさぼっていた対人関係のスキルを作ることだったんですね。ですから、結局大学にはいくんですけれども、授業にはでないで、サークルに行く。あるいはアルバイトにいく。そういう生活を過ごしていました。で、そうこうしているうちに、それなりの友人関係はできたけれども、自分の高校の時に思っていた思いというのはなんだったんだろうとか思い出すわけです。そこで、急にあせりだすわけです。で、そこから、顔のことをもう一度見つめ直したりして、いろんな回り道をして、現在に至っているわけです。

現在は、私はユニークフェイスというNPO法人に関わっているわけですが、その経緯をお話します。
大学を出た後、私はあまりに勉強しなかったことを取り戻そうとして、かつ顔の問題に関わろうとして、障害児教育を勉強し直しました。 知的障害、精神障害の人たちに入っていく中で自分の顔の問題を相対化しようとしていたと思うんですね。「障害にくらべたら大したことないんじゃないか」、という感じです。
でも、それはおかしいなと思っていたんでしょうね、いざ卒論のテーマを考えないと行けないなとと思っているときに、ちょうど今ユニークフェイスの会長をやっている石井政之さんがTVに出ていたんです。彼は顔に大きな赤いアザがあるんですが、そういうアザのある人が、TVに出てしんどさを訴えているのは本当に衝撃的でした。これだと思いました。自分でもあのときの行動力は凄かったと思うんですが、すぐさま石井さんに連絡を取って、いつのまにか彼らと顔についての勉強会を始めることになっていました。
これが、数年後にユニークフェイスとなります。予想以上に人も集まってくれました。うれしいことです。

ユニークフェイスという言葉ですが、僕と石井さんで考えた言葉なんですね。
それまでは、顔の変形は奇形とか醜形とか言われていたんです。それって、当の本人が聞いたとしたら、とてもいやな言葉ではないですか。僕はいやです。そういう言われ方はしたくない。それなら、マイナスのいやなイメージを含まない言葉を作ればいい。。そこで、もとからあるその人に固有の顔だ、その顔で生きていくんだという意味で「疾患固有の容貌」とつけた。その英訳が「ユニークフェイス」なんです。

現在、ユニークフェイスには、僕以外にも、いろんな人がいます。血管腫、円形脱毛症、フォン=レックリングハウゼン病、顔面麻痺など。200人くらいの会員(2002年現在)がいます。毎月、東京と大阪で定例会をして、同じ仲間同士で体験の共有をはかっています。
僕らユニークフェイスの会員というのは、今までほとんんど社会福祉の対象にもならなかったんです。そして、悩みはそれぞれもっているのに、同じ仲間に会うこともできなかった。同じ仲間と交流したかった。それで今までやってきています。
まとまらない話でしたが終わります。